昭和49年7月13日 朝の御理解
●③、④、⑦
39節を頂きます。
御理解第39節「此方の行は、水や火の行ではない、家業の業ぞ。」と。
昨日、え~の御理解の、日に日に、に死ぬるでありました、( ? )、もう本当に神様を身近に感じておられる、その、お話しばかり、本当に、いぃ、これがなら合楽の(?)でもあろうかと、本当にこれが極楽の、おかいや、合楽のおかげであろうと、思われるようなお話しばっかりでした、それで私最後に申しました、本当に皆さんがこうやって、おかげを頂いて行かれると、ね、必ずしも、おぉ、合楽とか、極楽とか、真善美の世界とかとこう、最近ここで言われますけれども、それは億万の金を持っておったり、う~祈念力のようなまあその(?)にすぎないということでは決してないと、ね、本当に自分の心の中に、本当に極楽を感じる、ね、本当に私共が今助かって行っておるこの姿を、金光大神が喜んで下さるだろう、天地金乃神様が喜んで下さるだろうという、言わば、合楽のおかげ、親先生が口を開けばこの頃、「合楽を自分の心の中に、自分の家庭に現せ」とこう、言われるが、そういうおかげを受けておりますという、言わば、お話しばっかりでした、次々と、本当に神様をね身近に感じておる生活ということなんですよね、合楽のおかげというようなものは、ただ私共が、人情が少し過ぎますと、心配せんで良いところに心配をいたしましたり、えぇ、難儀でもないものを難儀と感じたりするところをね、えぇまだ、スッキリしたものにして行かなきゃいけんのですけれども、それで私は最後に、ね、それほどしのおかげを皆さんが頂いておられるのであるから、一つどうでも、ね、合楽のおかげを頂いておるという、なら合楽の教会が現されておるおかげをね、一つしっかり宣伝して下さいという、風に申しました、宣伝と言うとね、いかにも、あの、いわゆる、コマーシャルと、いうことになりますけれども、合楽の場合はです、言うならば、あのどんなに、口を極めて、例えば宣伝かしましてもね、それが事実だからなんです、皆さんがおかげを受けておる事実、合楽でおかげを現しておられる、おかげの事実をね、それを、針小棒大に言うことはいらん、そのものをです、宣伝さしてもらう、信心の無い人、また信心の薄い人達にです、真実合楽をその人達の内に現すということがです、私は金光教の信心だと、なんとはなしに、今日の御理解から頂きますとね、此方の行は火や水の行ではないと、言われるのに、ね、火や水の行を、それが当然のこと、当たり前のことのようにして、えぇ~、もうそれが当たり前のようになってしまっておる、ということはおかしいことです。
ある、の、当時日本一と言われた大きな教会に、いぃ、光昭が学院中に、修行に行きました、一週間でした、そりゃもう大変な、大きな教会で、それに、言わば合楽から行った者なら驚くだろうと思うことは、もうどの部屋行ってもどの部屋行っても、あの((?)のおさいちゅうに火の気?)がなかったっち言うんです、ね、もう( ? )と、言うて帰ってきましたがです、そういう例えば、言うなら、そういう行こそ火や水の行ですよね、寒中に寒い思いをする、夏に暑い思いをするという、でそれがね本当なことのような、見方、がです、一つの迷信のようになって、金光教に残っておるということです、私合楽はね、ここに本当に、金光教の言うならば革命、という言葉で、私はこれは金光教だけのことじゃないけれどもです、いわゆる宗教革命という風に言うておるが、( ? )するかも知れませんけれどもです、だからそういうような、例えば修行が当たり前、いやそれが本当なことだというような、考え方の中からです、ね、いわゆる真善美の世界とか、合楽の世界は生まれてまいりません、極楽の世界に、凍えれる寒い、ところがあるはずはありません、ね、それこそもう暑うして暑うしてっちいうごたる、間が極楽にあるとは思われません、それこそいつも3月花向こうである、ね、だから私はです、今、只今ね、修行中と、只今なら木炭一つ買おうと思うても木炭一つが買えないというような人はです、それはもう私は、ね、それを、もうそれこそ真っ向から受け、どういう(?)であってもです、ね、私共でもそういう時代がありました、炭でも真木でも、豊美と勝彦が拾うて回った時代がございました、沢山拾うてきました真木でも、長浜町の船継場の、おぉ、広場には、色んな、あの、木切れの、もう垣根一本買うたことありませんでした、石炭とか木炭とかも、ちゃんと拾うてくるですね、それだけでした、ね、ですからそういう例えば買おうにも買えないならばです、それを私はいさぎよく受けてです、それこそ寒中にでも一生懸命覚悟せりゃ、腹の芯から温もってくるというような、おかげを頂くということも有り難いです、けども人間という者は、そういうことばっかりは、わけには行けませんです、ね、寝むらなん時間もあるし、一服せにゃん時間もある、そん時にがたがた震るわんならんといったようなことじゃいかん、これはまた冬だけのことじゃありません、夏でも同じことです、ね、一生懸命働いておればです、例えばどんなに炎天の中にあっても、ね、それこそ暑さを忘れるような、生き方がありますよ、だからそうしなければならない時には、そうしなければいけません、そして、暑さはもうものともせん、寒さもものともせんといったようなけれども、人間という者はそういうことが、続けられるものではありません、しかしそれを本当のような生き方、頂き方をしておるところにです、ね、・・・・・・ね、私は、天地金乃神様が、おかげを下さろうと(?)、氏子信心しておかげを受けてくれよというような、おかげを頂ききらんでおるのじゃないかと思うんです、(?)もそれが、ね、金光教だけではありませんけれどもです、とにかく自分の体を言うなら虐待する、ね、叩かれて有り難い、まあ言うならば、ならへんっ、変体信心とでも申しましょうか、ね、そういうような、私は本当の有り難いとではない、有り難い、言うなら、極楽的ではない、合楽的ではない、おかげから、私は、お互い脱却して行く、精進をなさらなきゃいけません、ほんなら今日帰ってから、いっちょ、おぉ、電気屋に頼んでから冷房を、沿い据え付けるとか、ね、あると言うのじゃないですよ、言わば合楽ということがです、いつもここで言われますように、ね、善導寺、勿体島、椛目、常持、合楽というように、そういう一つの過程というものを辿らして頂いてです、もう確実に次ぎから次と、進んで行かなければ駄目だということは聞いて頂きたい、はじめから合楽があるはずはありません、私は一遍その、美登里会の時に、色んなお話しを聞きながら、特に高芝さんが発表しておられる話しを聞かしてもらいながらです、本当にここ二十数年間でしょうか、合楽にご縁を頂かれて、それこそ善導を受けた、ね、様々なところを通らせて頂いた、私はここに思いますことはね、人間の、考えとか、人間の、お~、ああしてこうしてというような考えを、まあ遠くから考えてみると、実に幼稚であることに驚きますですね、私でも根っからの商売人ですから、ね、商売をさしてっ、しょっ、言わば大きな商売人にもならせてもろうて、そして商売の上で、お役に立ちたいと言うてまたは、あの商売(?)だけじゃ考えなかった、あまり信心が熱烈をかしてまいりしますから、他所の先生方が、あぁ、もう当然私は学院行くように、言われると、胸が、冗談のごとと言うて、疑うようにして言いよりました、金光様の先生になろうって思うてもいなかった、ね、ただ、それこそ、うんなら教師でもかなわんような御用が商売人でも出来るとこう思うておった、だからおかげを頂きたい、今から考えてみると、なんという幼稚なことを考えておっただろうかと、ね、そういう意味でです、高芝さんの場合は、もうずーっと、うんなら椛目合楽を通してです、ただ神様任せ親先生任せで進んでこられたことです、ね。
昨日、(?)中で、大変難儀をした、自分の事を話して、どうしてお父さんこげな難儀ばせんならんだろうかと、言うようなことがあったけれども、お父さんがその度々に申しましたっち、この難儀はね、難儀じゃっ、これをおかげとして頂ききらなきゃ、この難儀はいつまっでん続くぞと言いよりました、本当にその通りでした、おかげでがんばらして頂いて、御神意のまにまに動かして頂いて、現在は、娘婿、おぉさんの御商売、をしておるところで、言わばお手伝いをさせて頂いておるようであるけども、まあ分からん人はです、娘婿さんのとこどん、もう(?)いっちゃるごと言う人もあるけども、実を言うたら、現在私共夫婦があの店に、言わば、お父さんがあの店でちゃっと、朝から晩まで(?)しときゃな出けないことであり、また私は二人の孫のためにです、ね、おってやらなければ、出来ないように、とにかくかかって行ったのじゃない御用さして頂いておる、しかもその年寄りには年寄りにちゃんと向いた、もうお父さんと車の中で、朝参りをする時に話しますと、今私達が本当に極楽じゃろうと言うて話してきますという、話をずーっとされました、ね、そこにきてです、ちーっとは人情、そりゃなんって言ったって、息子が三人もおるとじゃから、息子にかからん、これは我情です、もう神様がやって下さるところ、やって下さるところで、言わば極楽を現して行くことに一生懸命、言うならば、善導を受け、勿体島、そして椛目、そして常持、そしてまあ言うなら小規模ながら、今極っ、合楽にこぎつけておられるとこです、これはもう、をっ、これが段々大きく、育てさへ行きゃいいという感じがする、だから自分の考えというものが、ずーっと二十年間の間に入っていないということが素晴らしいと思うです、ああしてこうしてと言うて、自分の思うごとなる、そりゃまあ、今の、極楽を感じなさる前にです、はぁ親先生のおかげで、言わにゃんならんことばっかりなんです、今の娘婿にやる時なんかはもう実を言うたら大反対じゃったんです、親は、ね、けれども御神意を頂いたら、おかげと頂いたから、やっただけのことです、初めの間はま~だみたらんように思いよったって言わば、家の娘はもっと、大きなもっと立派なところに、やりたいという親の願いがあったに違いないけれども、親先生が良いと言われるから、まあ言うならばやった、ところが現在の極楽と言われるような、言わば娘婿であったということなんですよ、またいいです、もう本当にいいです、ね、ね、ですからそういう例えば本当にお父さん今こそ私達が、極楽じゃなかろうかと、今合楽を現しておるとじゃなかろうかと、言うほどしのおかげをね、それを宣伝して下さいっち言う、皆に、自分の我情を捨て我欲を捨てて、ね、信心、いわゆるなら親先生任せでこうやって行くということがです、ね、暑い時に暑さを感じんですむ、寒い時に寒さを感じんですむというような、おかげこそがです、火や水の行ではない、家業の行ぞと、今こそ、例えば高柴さんあたりが、言わばお年寄りにちょうど向いた、素晴らしい自分も畑違いではない、例えば、自分のことを、(僧監督?)したり、ね、色んな言うならば、(?)きかして、お店でおるというような、御用がです、そしてその、なんですか、合楽に御用がある、お参り、さあ御用という時には、いつでも自由に、信心の方も出来れるという、言うならば、状況の中に、ね、小さいながらも合楽を現しておられるということです、ね、だからそういう(?)なら合楽には沢山、なら昨日も、二十何名集まってましたけれども、皆さんの一人一人が、そういう言うならば、おかげを受けておるのですから、そういうおかげをね、宣伝していかなければいけません、この田主丸の教会の、夏の祈願祭に、え~、ここの信徒会長、秋永先生の、おぉ、れつっ、その、お話をして、講話をお願いしますと言うて昨日、あちらの先生がお願いにみえました、ね、秋永先生が本当に合楽でおかげを頂いておる、合楽の信心と言うと大変言葉が悪いようですけれどもね、一生懸命宣伝をすることでしょう、ね、そういう働きがもう始まっておるです、秋永先生ならずともです、お話しに頂いて口を開いたらです、ね、今合楽では、合楽を自分の心の中に、また家庭の中に現せという、この事だけに焦点を置いて信心をしておる、ほぉ~(?)有り難ばってん、合楽っちゃどげなこつのっち、例えば聞かれた時に、その説明が出来れる自分の実際に頂いたおかげを、話して分かってもらえれる、一つ、おかげを頂いてほしいと、今日は御理解39節でした、39ということは、サンキューということでしょう、サンキューということは、有り難いということです、ね、なるほど火や水の行をしよったもんじゃ、ね、叩かれて、あ痛いというその、おっ気持ちが良いという変態的な、有り難さではなくて、本当にお父さん勿体無いのぉこげなおかげを頂いてと言うようなおかげでなかなきゃ本当の有り難いじゃない、ね、ただし、ね、今木炭を買う金もない、(?)を、据え付けるだけの、余裕は無い、そんならばそこんところをです、言うならば、良い、良い善導を受けて、その中に勿体無いの信心を、いよいよ分からして頂く時である、ね、貧乏のない世界、ね、病気のない世界、争いのない世界、まずそういう私は信心をです、自分の家庭の中に、一つ一つそれが足ろうたおかげになって行く事を願いとする信心、それにはね、火や水の行をすることではない、最近ここで言われております、ね、私の頂いておる、一旦なら一旦、一丁なら一丁の田んぼにです、草を生やすようなことをしてはならないということ、例えば今私共の、修行生の方達がです、ね、例えば自分の、ここだけはという、言うならば持ち場というものがある、他ん事はいらんと、ね、これはもう朝からもう眠るごたる(?)、一番大事な時間を眠る(?)ようなことであってはつまらんのだ、ね、朝の一番大事な時間を、もう本当に有り難い有り難いで、十分に頂く工夫をすることが、自分の頂いておる田んぼに草を生やせんということです、こりゃ一日の内にあれもせんならん、これもせんならん、眠る時間がなか、そんなん誰だって、眠り下向きするはずだと、ね、自分の頂いておる信心というものをです、ね、十分にさして頂くということ、言わば、だから大を願うということよりもです、まず自分の信心の充実を図れというのである、そして例えば一旦の田に、ね、十俵なら十俵の米が理想的な、習慣であるとするならば、十分十俵取れるごつなって、そしてまた二反目に広げて行ったらいいじゃない、ね、こぉりゃ広げもせんならん(?)でもせんならん、ね、(?)修行もせんならん、というのではなくてです、ね、だから自分の頂いておる、これだけは自分の、これだけはどうでもという、例えばです、ね、お昼参りならお昼参りをさして頂いておるというのがあなた方の、なら朝参りなら朝参りと言うのが、あなた方の信心の範囲であるとするならです、その朝参りだけは、もうこれは絶対なものだけではなくてもう、(?)有り難いものになるところまで、仕上げて行けというのです、(?)半分で参って来たっちゃいかんです、ね、自分がこれこれだけの仕事が、家庭なら家庭でです、ね、家手なら家手の受けたまっておる人がです、それこそ家業の行と思うて、手の打ちどころのないような、言わば家庭の切り盛り、言うなら家手の御用を、本気でさせて頂けということなのです。
私は昨日家内に申しました、もうこの頃子供が、あの、おぉ、おりますもんですから、もう自分の、私共の部屋に連れて行くわけです、まあ昼、昼寝なんかでもあっちで子供させております、私が下がりますと、もう本当に、それこそおしめこそ散らかしちゃなかばってんか、はぁ寝た後、こうとしております、だからまあ言い訳はしません、しっちゃらかしてからと私が申しますとです、とにかくいわゆる子供にかまけて、言うなら孫のかまけて、言わば部屋の中をろくそにするといったようなことではいけん、ね、私はこのかまけるということがいけないと思うです、せっかく自分のこれこれだけのことはと決めておるのですから、ね、今日はこげんでしたけんでっち言うのはそういう事に対してもうかまけたわけです、ね、「子供がおるけんお父さんああたんごと言いなさってっちゃ、そげん子供がぴたっと散らかすから」、なら片っ端から片付けていったらいいじゃない、ね、こりゃもう極楽の世界にこうやってうんなら、おしめはし散らかしてあったり、こう汚れたりそんなところがあるはずがなかもん、ね、真善美の世界を自分の家庭、自分の部屋に現そうと思うならばです、ね、その部屋に入っただけで、はぁ気分が落ち着く、気分がええと言うようにしとかにゃ駄目です、だからそこんところだけをです、しっかりやっていけっち言うんです、信心の命もそうです、日参りなら日参りということを決めたら、その日参りだけは充実した日参りをさしてもらえ、朝参りをさしてもらえということです、ね、例えて言うならば、私が朝の御用のこの時間だけは、これだけは、もう誰にも真似の出来ない、御用ぶりになって行かなきゃならないということです、ね。
一時からの、私の奉仕、そして四時半まで、だからその四時半まではもう誰がなんと言うても、ね、もう本当に立派に仕上げて行けということです、夜の御祈念の八時からの、この頃、晩酌を久富先生と二人でしますもんですから、もうじっ、もうぐっすり、例えば夕べなんかはもう、寝てしもうて、出てきた時はもう、皆さんが、九時に、皆帰ってしもうておられました、それでも私はこのことを頂いて以来というものはもう必ず出てくることにしております、ところが(?)はそうではございませんでした、ね、だから今までならばです、以前ならばもう浴衣がけでここにお礼に出てくるのですけれども、もう言うならば皆が帰っておるかも知れん、九時の時間ではありましたけれども、やっぱ紋付袴を着けてきてから、内殿に入ってやはり御祈念さしてもらいました、してしばらくここでまた、奉仕をさしてもらいました、今まではこんなことなっ、これが私の頂いておる一つの範囲なんですよね頂いておる、それをならば昼とか晩は疎かにしておったところをです、私はそれをきっちり、一つ草を生やすようなことがあってはならんと、そのことだけは一生懸命勤めております、これはもう私は、家の修行生の方達に、「見てんなさい、私はこの修行に取り組んでから、あのお参りが多なったでしょうが」っち、もうそんなに神様が間違いです、ね、だから自分の頂いておるその、言うなら仕事の分野と言うか、受け持ちと言うか、そこんとこだけは実意丁寧をもっとうとしてです、そこを勤め貫かせて頂けというのです、これもして、あれもしてと、ひろどんばっかりこうやってですね、例えばです、ね、今ここが全部二百何十畳か、になりましょう、畳をひいたら、新館からこう、ね、だから、その二百何十畳の、がです、大祭ともなったらいっぱいになるような、おかげを頂いた時が、言うなら私の充実した信心が出けた時なんです、ね、今は例えば朝の御祈念も、お広前こうしていっぱいある、お昼ともなるともう割れるようにいっぱいある、信行期間ですから、ね、さあ月次祭と言うと、月次祭にもやっぱりいっぱいある、ね、だからこれが大祭になったら、向こうの障子もずっと取って、向こうまでいっぱいになるようなおかげを頂くためにはです、いよいよ私の充実した信心が、求められるわけですから、それに応えた信心を、さしてもらわなければならんと思うとります、ね、だから、もう広がるように、(?)をするように、●③合楽教会大発展ということはです、ね、広がるようにということではなくてです、ね、現在合楽が頂いておる、分野をです、いよいよ充実ものにしていくということなのです、まぁだその部屋も空いておる、この部屋もまだ、あぁ、ん~、座り所があるといっ、言うような、状態ですから、これがいっぱいになるところまでを、一つ、ためには、(?)、「お参りが沢山あるごと」というようなお願いじゃなくて、まずは私自身の信心を充実していくということにあるんだと私は思うております、そういう修行を家業の行と言うのです●、それに火の行せんならん、水の行せんならん、さあ難行せんならん、というから、ガタガタ震うたり、ね、しるしい風に見えたり、ね、そういうのがです、やっぱ観念的に残ってるです、宗教にはそういうものが付き物のように思うておるです、金光教祖様がはっきりここにおっしゃっておられる、「此方の行は火や水の行じゃない、家業の行じゃ」とおっしゃっておられる、なら家業の行と言うならば、その家業を頂いておる、(?)ものは一反に、一本の草も生えらせんぐらいに、立派にそれを仕上げて行くということが家業の行なんだ、ね、それを二反目に広げた三反目に広げた、そして言うならば、そこには、あ~、雑草が生え茂っておるっちいうなことでは、おかげになるはずがありませんもんね、家業の行とはそういうこと、ね、そしてこうなんか観念の上にです、私は合楽教会がここに誕生したということの、大変な深い意義を感じます、ですから今までの金光教がです、例えば今申しますように、大きな大教会で、極寒の寒い中に、部屋に火種一つないといったような生き方の信心で、一つの基礎を作って来たならです、これからはね、そういうことであってはならない、それはおかしい、ね、真善美の世界を現して行くこそ、極楽を現して行くこそ、言うならば合楽を現して行くこそ、天地の親神様の願いであり、金光大神はそのことを取次いで下さるのである、ね、本当におかげを頂いてこの寒い中に、ね、春のような毎日を過ごさして頂いております、この熱い中に、それこそね、涼しい、暑くもなからなければ寒くもないというような状態で、過ごさせて頂くということは、なんと有り難いことでしょうか、これを合楽と言うなら、合楽と言うのであろう、極楽と言うならば極楽と言うのであろうというような、おかげを頂くことなんです、●⑦ですからもうこれはもう、そりゃもう、私の言う事にはもう、猛反対をする人達が沢山あるかも知れません、けれどもこれからの金光教は、こういう風に変わって行かなきゃ駄目だと、ここで関係の、おぉ、おぉ、小さい教会ですよね、言うならば、末永勇先生とことか、ね富永先生とこあたり、小さい教会なんですけれどもです、そういう極楽的な、おかげがその小さいお広前なりに、現われておるという事実があることです、ね、だから周囲の教会から、やっぱ全部の的であり、どうしてあそこだけがあげなん風におかげを頂くじゃろうかという風に、見られるように、最近なっておられるです、ね、だからそれをいよいよ、広い大きなものに、皆さんの家庭の中にもそうです、39節はもう本当の有り難い、サンキュー、それにはね、火や水の行から早く脱却しなければならない、これに一生続けんならんてなんてんっちいう話が、あって良かろうはずがない、それをまた子供にも孫にも伝えんならんっていうから、もう金光様の先生は嫌っち言うごつなってくるわけです、ね、教会師弟でありながらですよ、「もうお父さんの後は継がん」っち言う人が、沢山あるということです、それは、もう火や水のとこばっかり見とるから「もうとてもそげなことは出けん」とこう言うわけ、ね、金光様の信心すりゃこういう、いつも、それこそ春の三月、花の頃のようなおかげが頂かれる、使うて減らぬ金百両のおかげが受けられる、ね、受けられるから、ね、それこそ願うてでも、そういうおかっ、言わば、後を継がせて頂かなきゃおられんということになってくるのじゃないでしょうか●、●③私はそういう意味合いでです、本当に宗教革命が必要だと思うです、それにはまず合楽がです、宣伝に、ね、宣伝がね、から宣伝になっちゃなりませんから、ほんなこと合楽に行ってみたら、あれが真善美の世界であろう、あれが合楽の世界であろう、神様と氏子が喜び合うて、建っておる教会が合楽の教会のお広前の雰囲気であろうというようなものをです、ね、現してより行かなきゃいけない、ここに皆さんがみえて、まずそれを感じなさる、ね、悪く言う人は、ね、贅沢だと言うかも知れません、月に、ね、燃料代を五十万も払いよるっちいう、だってそんなこと思わないぐらい、ね、冷房代も、今これだけの全館に冷房してありますから、ね、随分なことかかりましょう、ね、それを自分でば支払うように、神様が払うて下さるのですから、それを有り難く頂いて行くという世界こそがです、私は火や水の行を配した行だと思う、そこから脱却した修行だとこう思うんです、ね、そして此方の行は、そういう行じゃない、家業の行と仰せられるのですから、家業の行のところをです、一反持っておる者は一反の、田んぼに草を生やすようなことをするな、自分の信心の分域というものがです、ね、なら西岡先生はここにある、末永先生はこういうぶっ、というところだけでです、(?)するようなことでは、充実した修行と言えないでしょう、だからそこんところだけは一つ充実した、修行さしてくっ、頂けとこういうことなんです、ね。●
そこから、ね、いわゆるサンキューです、サンキューのおかげ、有り難いおかげが頂かれる、そういうおかげを合楽で頂いておるのを、皆に見てもろうて、ね、合楽を宣伝しなければならない、また、自分の家庭に現しておる合楽をまた人にも、見たり聞いたりしてもらわなきゃならん、そういう宣伝をするということがです、ね、もう大きく言うと世界の平和に繋がることであり、世界に和賀心時代を創るという、和賀心時代、和賀心になるとこういうような、おかげが受けられるという事実を、実証して行かなきゃいけません、その実証しなければならない人が、それこそ火の行水の行しよるなら誰~ん怖がって付いては来ませんよね、ね、それに付いて来るというのは、ちーった変体的なんです、私は、もうそういう、そのくらいに、決め付けていかなければいけないと思うです、ね、叩かれてニヤ~と笑っとる、そんなこっちゃいかん、ね、一つ本当に、一つ合楽を皆さんの家庭に、現して行っておる●、そりゃね、自分で、昨日も私申しましたことでしたけれども、その~、おかげを頂きながらですね、それを(?)ぐらいしか、あのおかげと思うて、思いきっとらん人があるです、昨日佐田のおばあちゃんが、こちらへ丁度昼のあれにみえる時にです、「はぁ今日はちーったあちらは冷房が入っとるから、年寄りにはこん薄かつじゃ寒い、それでカーデガンを、あの今日は着て行こうかなぁ」とこう思うた、そん時に、(?)が来た、開けてみたら、娘さんから、っカーデガン、「これは親先生、かーっ、その送ってきたつを、はぁ素晴らしいまあ、こんくらいなおかげ話しですばってん」っち言われますが、「こんくらいなこつっち言うがあるもんの」と、もうそれこそこげな素晴らしいおかげをね、もう日々頂き現しておられるということが、本当に極楽です、百味の飲食、それこそ食べたい物が目の前に現われる、着たいものが今そこに現われる、こげなおかげがあるものかと、そういうおかげをです、なら、昨日の皆さんのお話の中から皆それを感ずるほどしのおかげを頂いてあるです、ね、関さんなんかは、もう北野からここまで来る間のことをもう本当に、リアルにお話されましたがね、神様の御守護の中にあるねって言わにゃおられんような、おかげを頂いてるです、ね、秋山さん達の話なんかでも、こりゃもう神様の御深慮の深さにただ恐れ入ってしまう、ね、だからその恐れ入ってしまわなきゃ駄目です、「こんくらいなおかげ」じゃいかんです、これほどしのおかげを頂けれることを、もっと、十のものおかげを十にも千にも万にも、感じ取られるほどしの、おかげを頂かにゃいけんです、ね、それでこそ初めて、はぁこれが合楽の世界であろうかということになるのです、神様も喜んで下さる、氏子も喜べれる、そういう世界を現して行く、それを人に一つ宣伝していかにゃいけません、ね、もう宣伝という言葉をね、良くはありませんけれども、ね、つまらん商品を店で、それこそ薬の(?)じゃなかばってん、効かんこつでん効くごと言うてね、いう宣伝とは違うです、合楽の場合は、本当に事実頂けれる、宣伝です、また事実なら、合楽に来て見て下さいと言う、見てもらえれるだけの、内容を持っておる宣伝なんです、ね、ですからこれを皆さんが本当に、一つおかげを頂いて下さってです、もっともっと現在頂いておるおかげをもっと、言わば、信念な高度なものに感じられる、信心を頂いて行って頂きたい、そして本気で家業の行を、して頂きたい、それは自分の勤めておる、その仕事なら仕事というものを、本当に充実させるということなんです、どうぞ(?)にまちっとなりますように、もうちっと成功しますようにということばっかり願わずにね、自分の頂いておる、一平、平社員なら平社員でもいいから、その頂いておるその仕事を一生懸命せろということです、ね、それから先のことはもうそれから先のことです、ね、●④合楽でもここに頂いて、最近私が、この研修室というのをです、ね、西脇殿と呼べと、してあちらの会館のことを、をぉ、ね、新館ホールと呼べと言っておるんです、ね、そして向こうの方の、方を、新館の二階、新館の下と呼べとこう言う、だから今までも研修室っちいうものはもうなくなった、これはもう西脇殿である、ね、脇殿ということはね、お広前の延長ということだそうですね、だからまずはです私は思うのに、なら朝の御祈念にここの障子を二枚、二、こう、取ればです、いわゆる西脇殿に繋がるわけですから、ね、あの、それこそ月次祭なら月次祭には、この西脇殿と本館とこっ、ここのお広前とがいっぱいになるようなおかげを頂かしてもらわにゃならん、そういうような意味じゃなかろうか、そのことを二・三日前頂きましたから、皆にそのことをはからして頂きました、もうあの、ここは研修室じゃありません、西脇殿です、ね、向こうは新館ホールです、向こうは新館二階、新館下と呼んで下さい、ね、そして言わばこの脇殿と、本殿とがです、ね、それこそ、いっぱいになるようなおかげを頂くためにも、皆さんが宣伝もしなければならんが、私自身もです、いよいよ充実した信心をさして頂かにゃかならんと思うとります。●
●③皆さんもね、家業の行をしっかりやらにゃいけません、頂いておるところの、ことをもう良か良かで押しやらずに、そこんところを充実して行かにゃいけません、それが家業の行です、ね、今日はそういう風に聞いて頂いた、で火や水の行といったようなのはね、もう言うならばね、それはしてはいけないのじゃないです、もうそうせにゃおられない時もあります、けれどもそれがずーっと続け、続き、続くってなんてんというようなのは、もうそれはちーった変体になりよる時です、ね、しか火と引っ付けられたり、(?)に(?)をこう引っ付けられたりするとに、気持ちの良かっち言うなら変体ですよやっぱ、ね、だからそういうものが本当のことのように、これは金光教だけじゃないけれども、宗教の全部がです、自分の身を苦しめることが、いかにも、ほんっ、良い修行のように、そして人の真似ん修行ばしよるといったような、考え方から、脱皮しなきゃいけない、ここを卒業しなきゃいけない、そういう意味でです、言うならば宗教の革命といったようなことをです、私が大きな事を言うようですけれども、なさなければ、本当の真善美の世界は、この世界中に広がらないということです、ね、合楽の世界をどうでもです、ね、広げて行かなければいけませんから。●
どうぞ。
入力者:誠輝